西の茜の空が、深い藍にのみ込まれようとしていた。
 草原に夜が来る。

 どこまでも、どこまでも、何も遮るものない平原。
 そこに炎が、ぽつりぽつりと赤い花を咲かせていく。

 草原に住まう一族の野営の準備が、始まったのだ。

 たき火の側に転がした樽に腰掛けた女性が一人。

 側で立ち働く人々を気に掛ける風もなく、銀の長い髪を、夜の冷たい風に弄ばせたまま、たき火の明かりで、片手に持った羊皮紙を読んでいた。

 彫像のように整った美しい横顔は、年齢を感じさせない。
 粗末な身なりをしているが、極上の美女であった。

「お母様、お父様から、なんて」

 水の入った大きな鍋を、重そうに手にした、十五、六ほどの少女が、女に声をかけた。
 少女の髪は、母と同じ銀。けれど、母と違って、ゆるやかに波打っている。
 整った卵形の顔が、たき火の炎に照らし出される。大きな青い瞳が美しかった。

 娘に声をかけられて、母が顔を上げた。彼女の瞳は、凍てついた湖の冷ややかな青。娘の瞳は同じ青でも、穏やかな春の空の暖かな青。そのためか、母と娘の顔かたちは確かに似ているのに、ずいぶん印象が違う。

 娘の方が、おっとりとした柔らかな印象があるのに対して、母の方は、どこか冷厳で近寄り難く見える。