「あんた、死んだんでしょ? こんなとこで未練たらしく見てないで成仏しなよ」


真奈の言葉に、亜耶は強い憤りを感じた。


――あんたは、まだ生きてる。思う存分泳げるくせに。


そう言おうと口を開いた瞬間、亜耶は驚きのあまり口をつぐんだ。


……真奈が泣いているのだ。


何度試合に負けても、どんなに辛い練習でも決して涙を見せなかった真奈が、溢れる涙を必死で止めようと震えている。


「あんたがいないと、張り合いがなくてタイムが伸びないんだから。死んだって逃がさないからね! さっさと成仏して戻ってきな!」


これが真奈の精一杯の強がりだと、亜耶にはわかった。


真奈が初めて見せた涙。亜耶はふと気付いた。


幼い頃から遊びたい気持ちを抑え、辛い練習に打ち込んできたのは、真奈も同じだったのだ。


亜耶と真奈はいつも一緒だった。例え、どんなにいがみ合っていても。


今の亜耶の気持ちがわかるのも、恐らく真奈だけだ。


亜耶はふっと笑い、いつもの喧嘩ごしに言った。


「私に勝つまで誰にも負けんなよ! 負けたら許さないから!」


「……上等」


真奈がにやっと笑った直後、女性のアナウンスが流れた。


『まもなく第一試合を開始いたします。選手は……』


真奈はゆっくり、しかし、しっかりした足取りでスタート位置に戻っていく。そんな真奈を見送る亜耶の目には、もう迷いも後悔もなかった。



試合会場から爆発音のような歓声が上がった時、プールサイドには既にキズナと亜耶の姿はなかった。


二人は会場の入り口に立っていたのだ。固く握手を交わして。


「キズナ、ありがとう。私、生まれ変わったら今度こそ夢を叶えるら」


キズナは微笑みながら頷き、ゆっくり空を指差した。亜耶はしっかりと頷き返し、ツキに向かって囁いた。


「天までよろしくね。その素敵な尻尾、頼りにしてるわよ」


「まかせて!」


ツキは自慢の尻尾を振り、亜耶を導いていった。尻尾が指し示す方向へ向かって。



歓声が鳴りやまない試合会場では、表彰台に立つ真奈が、首にかけられた金メダルに負けないくらい輝いた笑顔で喝采に応えていた。