その喫茶店はほとんどがガラス張りのため、店内がよく見える。外観も店内もお洒落な構造で、仕事を終えたOLや学生達で賑わっていた。


その横を通りすぎようとした時、蒼依は信じられないものを目の当たりにし、立ち止まった。


喫茶店内のテーブルで、母親の遥香が見知らぬ男と二人で談笑しているのだ。蒼依は、近くにあった植木の陰に咄嗟に身を隠す。


――どうして?今日は仕事で遅くなるって言ってたのに。


蒼依は植木の陰から顔だけを突き出し、食い入るようにその光景を眺めていた。何を話しているか気になるが、声までは聞き取れない。


その時、男が遥香の手を覆うように自身の手を重ねた。手を握り、見つめ合う二人……それを見た蒼依は、思わず目を背ける。


――なに、今の。


蒼依の心臓が、痛いほど強く高鳴り出した。もう一度視線を戻して確認なければ……しかし、勇気が出なかった。


怖かったのだ。"母"ではなく、"女"の顔をしている遥香を見ることが。母であるはずの遥香が、とてつもなく遠い存在に感じられた。


俯いたままの蒼依が、ついに勇気を振り絞って店内へと視線を戻す。が、既に二人の姿はなかった。


「あれ?」


蒼依は目をしばたいた。


――見間違い? そんなわけないよね。この目でしっかり見たもん。もしかして店を出たとか?……だったら、鉢合わせしちゃう!


蒼依が、急いでその場を去ろうと走り出した。しかし……


「……蒼依?」


背後からの聞き慣れた声に、恐る恐る振り向くと……驚いた顔の遥香が立っていた。一緒にいた男とは店を出た後すぐ別れたらしく、一人だ。


「何してるの? 今、塾のはずでしょ?」


先程の光景を蒼依に見られていたとは露ほども思っていない遥香は、完全に"母"の顔に戻っている。


「まさか……サボったの?」


黙ったまま目を合わせようとしない蒼依に、遥香が強い口調で怒鳴った。


「蒼依!なんとか言いなさい!」


「自分はどうなの?」


蒼依が顔を上げ、低い声を出した。その言葉の意味を理解できない遥香に、蒼依が再び口を開く。


「仕事だなんて嘘ついて、男といちゃついてるのはいいわけ!?」