自分の部屋の扉を閉めても響いてくる二人の怒声。その声に怯える僕に、兄ちゃんが「遊びにいこう」って言って外に連れ出してくれた。


兄ちゃんと一緒に空き地でキャッチボールをして遊んでいたとき、僕がボールを取り損なって……転がっていくボールを急いで追い掛けていった。


やっとボールに追い付いて拾い上げたとき、目の前に大きなトラックが見えた。そこは、もう空き地じゃなくて道路の真ん中だったんだ。


「大地ーっ!!」


後ろから兄ちゃんの声が聞こえた次の瞬間、強い力で背中を押されて……気付いたら、目の前で兄ちゃんが倒れてた。トラックのタイヤの下で血まみれになって。


兄ちゃんは死んだ……僕を助けたから。それを知ったお母さんは、尋常じゃないほどの怨みを込めた目で僕を射抜いた。いつもの優しさの欠片も無い瞳で。


「あんたが将樹[まさき]を……私の大切な息子を殺した。どうして死んだのが将樹なの? 死ぬなら、あんたが死ねばよかったのに!!」



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大地は全てを話し終えると、うっすらと涙を浮かべながら言葉を続けた。


「その言葉は、多分お母さんの本音。十四年間育ててきた息子と、たった半年しか一緒にいなかった僕。お母さんにとってどっちが大切か、考えなくても分かるよね」


そう言う大地の声が震えていた。大地は頬を伝う涙をそっと拭った後、遠い目のまま話し続ける。


「お母さんは、きっと僕を見るたびに兄ちゃんを思い出す。大切な息子の死を思い出す。だから、帰らない方がお母さんのためなんだ」


大地が話している間、蒼依はただ黙って座っていることしか出来なかった。かける言葉も見つからない。


そんな自分の無力さに苛立つ蒼依の隣で、大地が天井を仰ぎながら口を開いた。


「でも、幸弘に言われたよ。それは、お母さんの悲しみや兄ちゃんの死から逃げてるだけだって。……だから、僕はもう逃げない。お母さんからも兄ちゃんからも」