恭がいつもの笑顔で右手を差し出すが、蒼依は険しい顔つきで首を横に振った。


「行かない。私は元の世界に帰りたいから」


恭に劣らないほど強い目を向け、蒼依がきっぱりと言い放った。その瞬間、恭の顔が曇りを見せる。


しばらくの沈黙の後、恭がゆっくりと言葉を発した。


「母親がお前の帰りを望んでいないとしても?」


「どういう意味?」


蒼依が眉をひそめながら問い返す。恭は少し目線を下げ、その問いに答えた。


「俺、蒼依がいなくなった後におばさんに会ったんだ。あの人、俺に何て言ったと思う?『娘なんていない。あんな子いらない』って、笑いながらそう言ったんだよ」


恭のその言葉は一瞬で蒼依の心を打ち砕いた。蒼依はあまりのショックに崩れ落ち、座り込んでしまった。


母に面と向かって『いらない』と言われたのは確かだ。しかし、蒼依が本当に姿を消してしまった後なら?


蒼依の身を案じ、探してくれているかもしれない。暴言を吐いた事を後悔してくれているかもしれない。……心のどこかで、そんな淡い期待を抱いていた。


でも、蒼依がいなくなった後も、やはり遥香の気持ちに変わりはなかったのだ。


膝をつく蒼依の正面に恭が屈み、蒼依と目線を合わせながら言葉を続ける。


「わかるだろ?帰ったって俺達に希望なんか無いんだよ。だからさ、親なんか捨ててこの世界で生きていこう?」


恭は慰めるようにそう言い、放心状態の蒼依の手を引いて助け起こした。


「返事は今じゃなくていい。一週間後、この時間にここで待ってる。蒼依、よく考えろよ。どちらの世界が俺達を幸せにしてくれるのか」


そう囁くと、恭は踵を返して走り去っていってしまった。恭の後ろ姿を茫然と見送っていた蒼依の頭の中に様々な思いが巡り廻る。



元の世界に帰りたかった。"日常"の中に戻りたかったから。しかし……


――あの世界に帰って何がある?


お母さんは私を必要としていない。誰も私の事なんて待ってくれていないんだ。


わからなくなってしまった。


私は本当に……元の世界に帰ることを心から『求めている』と言えるのだろうか。


【Children Side*END】