気がつくと、蒼依は純白の世界にいた。壁も床もないその空間には、ただ目が痛くなるほどの白さだけが在る。


――なに? 誰かいないの?


蒼依がそう思った時、ふと後ろに人の気配を感じた。その直後、聞き慣れた声が蒼依の耳に届く。


『蒼依』


――この声、お母さんだ。


蒼依が急いで振り向くと、遥香の後ろ姿が見えた。


『お母さん!』


蒼依は久しぶりに見る母の姿に安堵し、駆け寄って遥香の手を握った。しかし、振り返った遥香は鋭い目で蒼依を睨み、こう言い放った。


『あんたなんて……いらない』


硬直している蒼依を残し、遥香は見知らぬ男と腕を組みながら消えていく。


――待ってよ。どこに行くの?

嫌わないで。捨てないで。『いらない』なんて……言わないでよ。

お願いだから……


「行かないでー!!」


蒼依が手を伸ばし、目の前にある腕を掴んだ。


「……おい、いつまで寝ぼけてんだ。離せ」


嫌に低い声が聞こえて蒼依が目を開けると、蒼依に腕を掴まれている隼人の姿が目に入った。


「あれ?……今のって夢?」


蒼依が寝ぼけ眼で呟く傍らで、隼人は不機嫌そうに目を細め、蒼依の手を振り払った。


「昨日、置いていくなって言ってたから起こしに来てやったんだろ」


――昨日?……そっか。私、Separate Worldっていう変なとこに来ちゃったんだっけ。


蒼依が、まだ起ききっていない頭で記憶を整理していると、隼人の声が響いた。


「……で、お前はどうすんだよ?行くのか?」


その言葉で蒼依はようやく顔を上げ、寝起きの目で隼人を見つめた。朝風呂にでも入ったのか隼人の髪が濡れていたが、出掛ける準備は万端のようだ。


「どこか行くの?」


蒼依の間の抜けた質問に、隼人がため息混じりに口を開いた。


「昨日の俺の話、ちゃんと聞いてた? 元の世界に戻る方法を探してるって言ってただろ。付いてくるかはお前次第だけど、来るなら五分で準備しろ」


「え、ちょっと待って!せめて十五分……」


「五分だ」


隼人はきっぱりそう言うと、さっさと部屋を出ていってしまった。