「お疲れ様でした」


近くの総合病院で看護士をしている遥香は、夜勤の看護士達に挨拶をし、家路につこうと廊下を歩きだした。


ここは、遥香が結婚する前からずっと勤務していた病院だ。この病院の一医師であった徳永雅則[とくなが まさのり]と結婚してからは、しばらく主婦業に専念していたが……今は復帰して働いている。


遥香がふいに腕時計に目をやると、針は十八時過ぎを指していた。


――予想より早く終わっちゃったわね。蒼依の塾が終わるまで、まだ1時間もある。


そんな事を考えながら廊下を歩いていると、玄関近くである男性とばったり出会った。


「あ、安西くん」


「遥香さん!今、帰りですか?」


そう言い、遥香に笑いかけた男性の名前は安西逸樹[あんざい いつき]。亡くなってしまった夫、雅則の後輩医師でもある。


雅則と結婚するまでは、遥香、雅則、安西の3人でよく飲みに行ったものだ。


安西は遥香より二歳年下とは思えないほどしっかりしていて、包容力もある。そのせいもあって、遥香は雅則が亡くなってから様々な面で安西に頼っていた。


「せっかくだし、お茶でもしていきませんか?新しく出来た喫茶店、ちょっと気になってるんですよ」


安西は遥香と並んで歩きながら、朗らかに言った。遥香は少し考えた後、首を縦に振って誘いに応じた。


「そうね。じゃあ少しだけ」


――蒼依もまだ塾の時間だし……終わるまでに帰れば問題無いわよね。


遥香は打ち出したその結論に納得し、安西と共に喫茶店を目指した。





「ごゆっくりどうぞ」


安西と遥香から注文を受けてコーヒー2つを運んで来た店員が、そう言ってその場を後にしたのを見計らい、安西が口を開いた。


「いやぁ……それにしても、遥香さんがまたうちの病院で働いてくれて嬉しいです」


「しばらく離れてるとだめねぇ。復帰当初は慣れなくていっぱい迷惑かけちゃったわ」


そう言いながらため息をつく遥香に、安西が柔らかく笑いかけた。


「全然そんなことないですよ。遥香さんの手際の良さには驚かされます」


安西の優しい言葉に、遥香は「ありがとう」と嬉しそうに顔を綻ばせた。