電話応対していた星野が、聞きなれない音に顔を上げる。

「今の音・・・何?」

会議室では、課長と掃除婦の小岩が顔を見合わせた。

「社長室からだぞ」

副社長室のドアが開く音がして、秘書の沢渡が廊下に出てきた。

社長室の扉の前に、フロアにいた人々が集まり、顔を見合う。

閉じられた扉の向こうからは、今は何の音もしない。

少し遅れて副社長室から、男が出てきた。一島重工の副社長・牧沢浩だ。

「何の騒ぎだ?」

「分かりませんが、社長室からのようです」

全員の目が扉に向けられる中、代表して牧沢副社長が、ドアをノックする。
返事はない。
ゆっくりとドアを開けてみた。

「社長?」

次の瞬間。
視界に映った、日常とはかけ離れた世界の光景に、皆言葉を失った。

ドアを開いた正面、部屋の真ん中に、一島社長がうつ伏せに倒れていた。

ダークグレーの背広の背中に穴が開き、その穴を中心にした赤黒い染みが、今も目に見えるスピードで広がっていくのが分かる。

秘書の二宮は、社長の向こう側、頭の脇にしゃがみこんでいた。
顔を上げてこちらを見る。その顔は蒼白ではあるが、いつもの淡白な無表情を保っており、それがこの尋常ではない光景とはあまりにも似つかわしくなく、不気味に見えた。

全員が起きた事柄を理解するのに、数秒かかった。

「は、早く救急車を!」
課長が、やっと口を開いた。

「それと警察を」
落ち着き払った二宮が付け足す。
身動きしない社長の首にあてていた指を離した。

「社長はもう亡くなっておられます。・・・残念ですが」




(1.悲劇までのカウントダウン 終)