部屋の中の全てのものが、一瞬動きを止めたように見えた。
「就労態度に何の問題もなかったあなたに、突然の海外への転勤命令。人事異動の時期でもないのに」
原田刑事は静かに、自らの仮定に説得力を加えていく。
「まさか!私は、ただの秘書に過ぎません」
戯言と言わんばかりに呆れ笑いを浮かべ、否定しようとする二宮。
「秘書なんて、他に幾らでも代わりが・・・」
西刑事が、その二宮の反駁をさえぎった。
「あなたの生い立ちを、調べさせていただきました。
あなたのお母さん、二宮幸子さんは独り身であなたを生み、
まもなく病気で亡くなられたそうですね。
あなたが引き取られた孤児院に行って、聞いてきました」
「・・・」
「そこで、幸子さんが昔、一島徹さんと恋仲にあったと証言してくれる人がいました。
二人は結婚の約束までしていましたが、徹さんの両親に反対され別れたと。
その数ヵ月後に生まれたのがあなたです」
「・・・」
「あなたが幸子さんとの間にできた自分の息子だと、徹さんは気づいていたんですよ」
「・・・名字だけで、そんなこと気づくでしょうか?二宮なんて名字は、さほど珍しくないでしょう」
「あなたが入社した8年前、社長秘書を務めていた佐伯課長さんからその経緯は聞いてあります。
社長は、社内であなたを初めて見かけたときに、すぐに気づいたそうです。
昔愛した人と同じ名字、その人によく似た顔立ち、そして名前で」
「名前?名前だって、特に特徴は・・・」
「幸子さんが可愛がっていた犬が、『ケイイチ』という名前だったそうです」
「犬・・・」
図らずも自分の名前の由来まで知ってしまい、さらに沈み込む二宮。
しかし二宮にはもう、刑事の「仮定」を覆す力も、材料も残っていなかった。
原田刑事が、静かに続けた。
「事件発生時の室内の様子について、もう一度お尋ねします。
これについても、私たちはある仮定をしているのですが。
あなたに、正直に話していただきたい。
社長が撃たれたとき。
あなたは部屋の中のどこで、何をしていたのですか」
二宮はしばらく、床を見つめたまま動かなかった。
長い沈黙の後、ゆっくりと顔を上げた。
「あの時」



