「!」
ドアを開けた一島徹は、驚きのあまり言葉を失った。

自分の指示通り動いていれば、今ここにいるわけのない人物が、そこにいたからだ。

「社長、おはようございます。今日はお迎えにあがれず、申し訳ありませんでした」

昨日までの社長秘書・二宮惠一が、何事もないかのように事務的な微笑みをたたえてそこに立っていた。

「本日の予定ですが、午前9時から会議室で重役会議が・・・」

驚きの余り身動きすらとれないでいた一島だったが、怒りのバロメーターが沸点に達するのにさほど時間はかからなかった。

「二宮君!君、なんでここにいるんだ!」

二宮の顔から、作られた笑みが消えていく。
「・・・私は、社長の秘書ですから」

「違う!君は今日から、ロンドン出張所の所長だ!今からでも間に合うから、すぐに成田へ向かうんだ!」

「嫌です」

「二宮君!」

「社長!私に何か落ち度があったのであれば、このような処分も甘んじて受けましょう。でも。私は何も失態を犯してはいません!違いますか?」

「そういう問題じゃない!これは社長命令だ!」

「納得できません!なぜですか?」
それぞれが互いの主張を押し通そうとして、声量が増していく室内。

次のセリフを口ごもった一島社長に、二宮が心当たりのある唯一の理由を口にした。


「・・・もしかして、あの件のせいですか?」