「沢渡さん?」

「あなたはいつもそう。なんでも一人で抱え込んで」
沢渡の体から発せられる、大人の女性の香りを帯びた微熱が、衣服を越えて伝わってゆく。

「・・・」
二宮は、背中を向けたまま動かない。

沢渡は、訴えるような目で二宮を見た。
「二重帳簿のことだって、そう。社長に頼まれて、あなた一人で調べてたんでしょ?お願い、一人で悩まないで。苦しんでるあなたを見てるのが、つらいの」

「・・・こんなことにあなたを、巻き込むわけにはいきません」
沢渡に背中を向けたまま、二宮がやっと言葉を発する。
冷たかった二宮の背中が、熱を帯びてくる。

「私はあなたの味方よ。あなたと一緒に悩みたいの」

「・・・」
二宮は逡巡するように目を泳がせる。

「教えて。二重帳簿の調査資料は、今どこにあるの?」

観念したようにため息をつくと、二宮は答えた。
「・・・社員食堂の掲示板に、貼ってあります。今月の定食メニューの脇に」

「!」
憮然とする沢渡。
最高機密文書を、二宮がそんな扱いに付すわけはない。

もたれかかる沢渡から体を振りほどくと、二宮は振り向いて沢渡を見た。
軽蔑と警戒のまなざし。

「誰の指示でこんなことを?私がペラペラ喋るとでも、思いましたか?」

沢渡は心外な表情を浮かべた。
「二宮さん!私を信じて。私たちは同じ課の仲間よ?一人で抱え込んだって、あなたが苦しいだけ」

「仲間?私はあなたを、そのように思ったことは一度もありませんね。私は一島社長の秘書です。それだけです」

二宮は手にしていた書類に目を落とすと、何事もなかったかのように、また読みふけりだした。

「決算資料の訂正が終わったら、すぐに退室していただけますか。一人で集中したいので」

「・・・っ。」
もはや取りつく島もなく、沢渡は靴音を響かせて部屋を出て行った。