昼間でも薄暗く人気のない、地下通路。
間引きされた照明がところどころで、行く手を辛うじて照らしている。
二宮惠一がその通路をたどり、ある一つのドアの前で立ち止まった。

人の気配に気づき、振り返る。
「・・・」

スレンダーな黒いパンツスーツ。
栗色の巻き髪。
沢渡夏子だった。

「二宮さん。ちょうど良かった」
沢渡夏子は、上品な笑みを浮かべ二宮に近づく。
気のせいだろうか、いつもより香水が強く香る。

「社長にお渡ししてた決算資料に、一部誤りがあったの。また使う前に、直しておきたいなと思って」

「そうですか。どうぞ」
二宮は鍵を開けてドアを開ける。
扉はガチャンと音をたてて二人を飲みこんだ。

部屋の中も、通路とさして変わらない光景が続いていた。
配管がむき出しの天井。
可動式の書架の列が並び、そのそれぞれに、忘れ去られた昔の書類が埃をかぶって眠っている。
社長室から持ってきた機密書類は、ダンボール数箱に詰められたまま作業台に置かれていた。

「刑事さんは?」

「ここにはいません。10階のトイレの前で、私が出てくるのを待ってるはずです」

「さすが、二宮さんね」

「決算資料は、その箱の中ですよ」
二宮は、沢渡が必要としているはずの情報を事務的に述べると、自分は別の箱の中の資料に目を通し始める。

「えぇ、どうもありがとう」
沢渡は言われた箱から決算資料を出すものの、その意識は明らかに決算資料ではなく、二宮の後ろ姿に向けられていた。

資料を読みふける、二宮の無防備にも映る背中を、じっと見る。

「二宮さん」

「はい?」
二宮が振り向く前に、沢渡はその背中に自分の体を預けていた。