幕末異聞―弐―


「…あんたは難儀な人生送っとるなぁ」

長い溜息をついて楓は瞼を閉じる。長い睫毛が白い肌に影を落とす。

「はは。自分でも嫌になるよ」


「もう…人、斬れないんやろ?」


楓が重い瞼を開け、力強い目で山南を射抜いた。


「……情けない。武士失格だね」


ここで強がっても仕方が無いと腹を括った山南は、楓に全てを打ち明ける決心をした。いつの間にか力いっぱい握られていた拳には汗がじわりと滲んでいる。
山南の意思を感じ取ったのか、楓は何も言わなかった。
離れた場所にある道場から竹刀がぶつかり合う乾いた音が微かに聞こえる。

澄み渡った部屋の空気を再度震わせたのはやはり山南であった。



「…刀すら…抜けないんだ…」



山南は、ずっと自分の中に閉じ込めていた言葉を切れ切れに繋いだ。


――自分でも認めたくなかった


必死で隠そうとしていた。


だってコレを言ってしまったら…


私の此処での存在価値はなくなってしまうのだろう?


その言葉に含まれる沢山の不安や嫌悪といったものが楓に流れ込んでくる。それでも楓は無表情のまま動かなかった。


「こ…怖いんだ。死んでゆく者の目が…血が…冷たくなっていく体が。
痛かったんだろうか?最後に何を思ったのだろか?…私に人の命を奪う権利があるのだろうか?
そんな考えてもどうしようもない事ばかりが頭を過ぎっていって…。いつの間にか私は刀を持つと震えるようになっていた」

悲痛な表情を自分の手で覆い隠す山南。その手は震えていた。