幕末異聞―弐―

山南の中では天地がひっくり返るような出来事だった。自分を嫌っているはずの者が誰もいないと思っていた自分の部屋の中に座っているのだ。到底考えられる事ではない。


「……やあ。何か…私に用かな?」


重苦しい空気の中、山南は緊張した様子で彼女の訪問の目的を訊く。


「…勝手に入って申し訳ない。ちょっと真剣勝負の最中でして」

「真剣勝負?」

「甘味を賭けたかくれんぼです」

「かくれんぼ?」

楓は姿勢を正して山南に対し、素直に頭を下げた。赤茶色の髪の毛が畳に広がる。

「いや、とりあえず頭を上げなさい。…その、かくれんぼとは一体誰と?」

「し…永倉、原田、浅野、馬越と」


山南に言われた通り、楓は顔を上げたが、目線は斜め下の机に向けたままであった。

「なるほど。…君は本当に不思議な子だね」

「?」

楓の眉間の筋肉がピクリと反応する。

「はっはっは!きっと自分では気が付かないんだろうなぁ」

「何が言いたい?」

山南の邪気の無い笑顔を直視しないまま、楓は吐き捨てるように理由を求めた。一平隊士に過ぎない楓の無礼な態度を副長である山南は全く気にする様子もなく、優しい笑顔を絶やさない。

「君には周りの人たちを変える力がある」


「…?」


「どんなに強い人間でも、自分自身と向き合うなんて簡単にできることじゃない。皆、自分の可愛さ故、汚い部分を奥にしまい込んでしまっている。
それこそが本物の“自己”だと知っているのに…」


その話が自分とどう繋がるのか検討もつかない楓はただ黙って山南の言葉を聞き取る。

「その汚い部分と向き合えるように背中を押してくれるのが赤城君、君だよ」

彼から紡がれる言葉の意味が解らない楓は、真意を探るためやっと山南と目を合わせた。


「…何を勘違いしてるのか知らんが、そんなことは無い」

「いや、勘違いなんかじゃないよ。総司だって土方君だって、他のみんなだって。気づかないかもしれないが、君が来てから確実に変わった。そして、私も君の影響を受け続けているんだよ」

体の小さな楓に目線を合わせ、穏やかだが、憂いを帯びた笑顔を見せる山南。