幕末異聞―弐―


「さあ。何処に隠れるかな」

原田の呆気ない捕獲劇が繰り広げられている頃、楓はしんと静まり返る廊下を歩いていた。
そこは、副長助勤以上の隊士の部屋が密集しており、平隊士たちは用がある時意外、中々近寄れない場所であった。

「適当に部屋に入っといて、後で断り入れれば問題ないやろ」

と、言い終わる前に、楓は無造作に選んだ部屋の襖を開ける。


「…なんやえらい小綺麗にしとんなぁ」


おもむろに襖を開けた部屋の住人は不在だった。

「お邪魔しますよー」

楓は誰もいない部屋に断りを入れ、部屋の中に入る。

「男所帯とは思えんなぁ」

一通り部屋を見て回った楓は、塵一つない室内に驚いた。
部屋の中央にある机の上には、種類別に積まれた本や、綺麗に洗われた筆と硯が置かれている。


「…ん?」


綺麗に整頓された部屋の中で、楓の目がある一点で止まった。楓の目を奪ったのは、立派な随筆で書かれた掛け軸の下に置かれ一本の刀だった。
漆塗りの横置きに横たわる刀は、殺風景な部屋の中で凄まじい存在感である。

「何でここのやつ、刀置いて出かけとんのや?」

近くに寄ってまじまじと刀を観察する楓。
漆黒だが、光に当たると深い藍色に呈色する鞘は、毎日丹念に磨かれているようで、指紋一つ付いていない。鍔の部分には、細かい立派な絵柄が刻まれている。見ただけでもかなり高価な刀だとわかる。


「…一体誰の部屋や?」


楓はとりあえず、部屋の隅に胡坐をかいて座ってみた。




――ススス・・・

「?!」

襖が開くわずかな音に楓の耳が敏感に反応する。


「・・・?」


襖の向こう側の人物は部屋の中に微かに人の気配を感じたようで、一旦動きを止める。

「誰かいるんですか?」

言うのと同時に襖が勢いよく開いた。


「・・・あ・・・。」


「あ・・・赤城君?!!」


楓の飴色の瞳が大きく振動する。




「・・・山南副長・・・・・・。」