「くは〜!やっと風呂に入れる」
灯りがなく、一寸先も見えない状況の屯所を鼻歌交じりに歩く若い男。
随分機嫌がいいようで、中庭に面した廊下を滑るように歩いていた。
「…ん?何ですかね?」
深夜の屯所で、男の耳には人の話し声が聞こえてきた。
廊下には自分の鼻歌しか聞こえてないはず。と小首を傾げる。
この男が歩く廊下の先にある部屋は限られていた。
その中でもこんな夜更け近くまで活動している人間なんてただ一人しか思い当たらない。
「土方さんだ!!また独り言かな〜」
そう確信を持つと、男は嬉しそうに早足で副長室に向かう。
――ダッダッダ…
「??!」
化粧では隠しきれないほど不機嫌な表情で土方の部屋から出た楓は急ぎ足で近づいてくる足音に神経を尖らせる。
(山崎?何か動きがあったのか?)
直線の廊下からは、まだ闇しか見えない。
楓は目を細めて近づいてくるものの正体を見極めようとする。そして、足音が大きくなるに連れて段々と暗闇から何かが浮き出てきた。
「……ゲッ!!!」
楓は、太夫の顔にそぐわない男勝りな濁声で短く叫ぶ。
月明かりに照らされて見えてきたのは、一つ結びの長髪を楽しそうに揺らしながらこちらに向かってくる男。見慣れた藍色の色無地に細かい縦縞の入った仙台平。
「………あ!!」
驚きの声と共に姿を現したのは、口を開け、大きな二重の目を更に大きく見開く沖田総司であった。
(最悪や…)
楓は、条件反射でさっと体を百八十度反転させる。