――元治元年(一八六四年) 八月 京都・伏見


「お初にお目にかかります西郷殿。私は土佐藩士の中岡慎太郎という者です。本日は坂本の代理で参りました」

「文で伺っておりもす。して、今日坂本どんはいかがなされた?」

「奴は長州の桂の所に行っています」


「…あなた達は本気で犬猿の仲の我々に同盟を結ばせようとしているんですね」


容赦なく降り注ぐ夏の強い日差しが、京の町を覆い尽くす正午。
伏見のとある蕎麦屋には、蕎麦を前に、緊張した面持ちの薩摩藩士・西郷隆盛と海援隊の中岡慎太郎がいた。

「私も坂本も、本気で新時代を切り開こうとしています。そのためには、薩摩と長州の協力が必要なんです」


「おいら薩摩は長州に憎まれている。七月の事もありましたし…今更どう彼らを説得するのですか?」

店に溢れる他愛ない言葉たちの中で交わされる二人の、時代を大きく変えようと計画する会話に気がつく者などいない。

箸を持ったまま顎に手を当て、難しい表情で悩んでいる西郷。中岡はそんな西郷に構うこと無く、目の前の蕎麦を啜り食道に流し込んだ。

「我々が考えた案は、まず薩摩藩が外国から買った武器を、我々海援隊が買い取ります。それを更に長州藩に売るんです」

「外国製の武器を長州に?!」

どこの藩よりも攘夷思想が強い長州藩。そんな藩に対して、外国製の武器を売るという中岡の奇抜過ぎる提案に、西郷は持っていた箸を思わず落としてしまった。

「鎖国を推進する者たちに、外国の物を同盟の餌にするのは無謀すぎやしませんか?」

呆れ半分、困惑半分といった表情で西郷は中岡を見据える。

「度重なる幕府との衝突で長州藩はことごとく負けています。その原因の大部分は、兵の数と旧式の武器を使用していることにあります」

「確かにそうかもしれない…しかし、それをあの頑固な長州が認めますかな?」

「そこを認めてもらえるかもらえないかは、坂本龍馬の話術次第です」

蕎麦から目を離し、西郷と目を合わせた中岡はこの時、不敵な笑みを浮かべていた。


水面下で静かに動き始めた彼らの計画は、三百年近く止まった日本の時をゆっくりと進めようとしていた。