「はぁ…。相変わらず危ない橋を渡るのがお好きなようで」

幾松は崩れた着物の裾を整えながら男に近づく。

「あんまり無理しいひんで欲しいもんやな?」

「安心しろ幾松!この桂小五郎。幾多の試練を潜り抜けてきた男だ!今回だって逃げ延びてみせる!
そして、必ずや今の腐りきった日本を変えて見せる!!」

声高らかに桂と名乗った男は、幾松の顔を見てニカっと自信に満ちた笑顔を見せた。

「あんたらしい言葉やな。じゃあ、気をつけて」

一瞬、悲しそうに笑った幾松だが、次の瞬間には、いつものようにはにかむ様な笑顔になっていた。

「ああ。行ってくる!今度こそ、うまい酒を用意して待っていてくれ!!」

桂は必ず戻ってくるという強い思いをこの一言に託し、夜の闇に消えていった。




一人、部屋に残された幾松は、三味線を眺めながら人知れず泣きそうな表情になる。


「何の確証もない言葉を残されたこっちの身にもなってよ…」


内心では桂の身を常に案じている幾松は思わず呟いてしまった。


この日、彼女の弾く三味線の音は、どことなく哀愁が漂っていた。