火の粉が降り掛かったせいで穴だらけになった着物を着た少年が楓に手を振っている。

夕日が沈みかけた空は見事に濃紺と橙色の二色にわかれていた。
淡紅色の夕日を背に、少年は堀川通を駆け、やがて楓の目には見えなくなった。

少年を見送った楓は、ふっと短い溜め息をついて五条通を西に歩き始めた。もう空は薄暗く、視界が悪いというのに瓦礫を荷車に乗せる人々がいた。

女、子供、関係なく一心不乱に瓦礫を運ぶ。みな地肌の色がわからないくらい煤だらけだ。
その姿を見て、何気なく自分の両手を見てみた。


「…っ!」

右手は煤とすり傷で赤黒くなっている。しかし左手は、所々煤がついているものの、綺麗な白い地肌が目立つ。

「片手しか使ってない…か。はは」

先程の少年の言葉がチクリと胸を刺す。

池田屋で吉田とやりあって以来、楓の利き腕は大太刀を操ることができなくなった。毎夜、密かに刀を振るってみてはいるが、一向に力が入る気配がない。この事実に一番戸惑い、焦燥しているのは他でもない楓本人だった。

――刀を扱えない自分は一体なんなのか

剣の道を奪われたら自分に何が残るのか


答えの見出だせない問いばかりが楓の頭を支配する。走ったわけでもないのに心臓が飛び出さんばかりの勢いで早鐘を打つ。


息苦しさに気を取られていると、いつの間にか見慣れた壬生の風景が楓を覆っていた。洛中の惨状が嘘のように壬生には、穏やかにすすきがそよぐ。


その先には、三日前と変わらぬ姿の新撰組屯所があった。