――元治元年(一八六四年) 七月二一日

七月一九日に長州藩の御所砲撃から端を発した『禁門の変』は、幕府勢に追い詰められた長州藩の天王山での自害で幕を閉じた。
そして、長州藩邸から放たれた火は、強風の影響もあり、三日間京都の町を焼き続けた。

誰にとっても無益としか言いようのないこの出来事は、幕府に対する市民の目を冷たくした。



「おう。小娘、生き残ったか」

煤と埃と汗に塗れた顔を破顔させて手を挙げている初老の男。それは火消の頭・鶴治郎だった。

「ちっ。老いぼれのくせにしぶといな」

仰々しく舌打ちをして悪態をついたのは、こちらもそこら中煤塗れの赤城楓。

「鶴治郎さん!無事だったんですね!」

楓の影からひょっこり顔を出したのは藤堂。額に巻かれた包帯は既に黒ずんでいる。

「馬鹿野郎。無事なわけあるか!結局町はこんなになっちまって…。武士じゃなくても火消しとしては切腹もんだぜこりゃ」

悔しそうに唇を噛んだ鶴治郎は、数日前と変わり果ててしまった町を見渡す。
木造の建物は全て燃え尽き、逃げ遅れた人はそのままの形で炭となっていた。
かろうじて難を逃れた人々も、木炭となってしまった自分の家の前で座り込んでいる。

「これでも…最小限に食い止められたのではないかと思います」

鶴治郎の背後から声をかけたのは、近隣の様子を見に行っていた山南だった。

「この三日間の強風で中心地しか燃えなかったというのは、やはり貴方たち火消の力ではないですか?」

「そんなのは想像論や。現状はこれ。これ以上の成果が出せなきゃ意味がないんや」

鶴治郎は握り拳を震わせ、自分への怒りを顕にする。

「そんなん今言ったって仕方ないやろ。結果は結果。反省しようが悔しがろうが勝手やけどな、やれる事やってからにせい」

「か…楓!」

冷たく言い放った楓は、気まずそうにする藤堂の前を通りすぎ、力なく立ち尽くす町の人々の元へと歩き出した。


「…ふっ。小娘が生意気いいよる。そんなん言われなくたって解っとるわ」

汚れた手で額を擦りながら、鶴治郎は喉の奥で笑った。