火を避けつつ寺町通を只管北に走り続けている。

ここは既に焼かれ尽くしてしまったのか、燻っている所は見られるものの、建物らしき物は殆どが炭になった骨組みを残すのみだ。
先刻まで平穏に流れていた時が、あの轟音を期に地獄の時を刻んでいる。
何が起きたのか確かめる義務がある。御所へ、天龍寺へ行かなくては。


「ちっくと兄さん待ちやー!」


掛けられた聞き慣れない国の言葉に、つい足を止めてしまった。声は確かに背後から聞こえた。しかし、振り向いても姿が見えない。別に信じているわけではないが、幽霊にでもからかわれたのかと一瞬考えてしまった。


「…あいたたた。ほがな怖い顔しやーせき(しないで)!」

突然、腰を摩りながら視界にはいってきた人物は苦笑した。顔を若干赤らめている所からすると、道中に広がる瓦礫に躓いて転んだのだろう。それが俺には突然現れたように見えただけの話だった。

「どこの誰だか知らんが、へち(そっち)は長州と幕府が睨み合っちゅう地域やき行ってはいけん!」

足場を探りながらよろよろと高下駄で歩み寄る姿。それは異様という言葉を体言するような容姿をしていた。

「どうしたんだその頭!まさか…燃えたのか?!」


「……泣いてええかの?」

異様な容姿の人物は、まるで統一感のないぼさぼさの髪を一掻きして俯いた。
原因は明確。俺の失言である。
この者の頭は燃えなどしておらず、生まれつきの酷い癖毛だったのだ。着ている物も塵や埃に塗れていた為、尚更この火災に巻き込まれたように見えてしまった。

「す…すまん。そんな身なりだったから」

「こりゃあーこういうふぁっしょんじゃき放っとけ!しょうまっこと失礼な奴じゃの」

「ふぁ?」

鼻の穴を広げて怒っている人物の口から紡がれた聞いたことのない摩訶不思議な言葉。思わず聞き返してみる。

「なんじゃ?ふぁっしょんも知らんがか!流行の服装ちゅう意味じゃ」

この時、俺の中にはある人物の名前が思い浮かんだ。