幕末異聞―弐―

「おい久坂、大丈夫か?」

尋常ではない久坂の様子に、来島は手を差し伸べる。

「寄るな!外道がっ!!」

近付く来島の手に敏感に反応した久坂は、咄嗟に体を翻し、自分が元来た道に視線を移動させた。


「…なんだ?あれは…」


両側を畑に囲まれた長い一本道。今し方までは遠くに青々と空に映える山々が見えていたはずだった。しかし、今の久坂の目には、向かってくる無数の黒い塊が映っていた。それは道のみならず、畑にも広がっている。日の光を右手で遮り、久坂は目を細めてより鮮明に塊の細部を捉えようと努力する。

「長州藩邸の穏健派の中に潜り込ませていた我らの仲間が無事に任務を終えたらしいな。戦況が不利になったら藩邸ごと機密文書を焼き払えと予め指示をしておいた。そうすれば、藩邸にいた奴らも少しは逃げやすいだろう?」

首を伸ばし、道の向こう側を凝視する久坂の背後で、まるで塊の正体を知っているかのような来島の口振り。砲撃に続き、またしても聞かされていなかった計画を告げられた久坂は、修羅の如き形相で来島に目を合わせた。

「来島っ!!貴様いつの間に…!それでは町にいる民も巻き込んでしまうではないか!」

両の拳にこれ以上にない程の力を込める久坂。怒りで声は震えていた。

「ああそうだ。俺たちには好都合じゃないか!新しいモノを造るには古いモノを壊さなければならない。都も、人間も然りだ」

来島が言い終わるのと同時に、黒い塊に見えていたモノが色を持ち、輪郭をはっきり主張してきた。その全貌を自らの目で確認した久坂は息を詰まらせる。