幕末異聞―弐―


「御所に進軍するとは聞いたが、砲撃するなどとは聞いていないぞ来島!!」

まだ強い火薬の臭いが残る砲台前で久坂は憤慨していた。

拠点を置いている天龍寺から離れ、御所から数里離れた場所で小隊の指揮をとっていた久坂は、地響きと共に背後から御所へ向かって延びる黒煙の筋に目を奪われた。
まさかと思い、いても立ってもいられなくなった久坂。指揮役を他の者に引き継ぎ、単身煙の大元目指して走った。


「俺はただ突破口を作っただけだ。そんなに騒ぐ事ではないだろう?!」

久坂の隊から離れた場所に配置した大隊を指揮する来島は、ここにいるはずのない久坂に胸ぐらを掴まれ困惑する。

「あれがもし帝に当たっていたらどうするんだ!こんな乱暴な方法で帝を長州にお連れするなんて…」

「帝なんてどうだっていいだろう?」


「……何だと?」

今日まで志を同じくして苦しい時を共に過ごしてきた戦友の一言に、久坂の全身は凍りついた。

「だから、帝なんてどうでもいいだろう?所詮、我ら長州が天下をとるための道具に過ぎなかったのだ。ここで大砲の弾で命を落としたなら、それまでの人物でしかなかったということだ」

同士と思っていた者の口から次々と生まれ出る暴言に、久坂は思わず耳を塞ぎたくなった。



――こいつと共にしてきた事は?

稔麿の思いは?

亡き仲間たちの思いは?


この戦は何なんだ?




久坂は強い眩暈と吐き気に襲われた。