幕末異聞―弐―

「おい。さっきからそこで声張ってる兄ちゃんたち!あんたらも手伝え!」

白髪とも銀髪とも見える頭を左手で掻きながら、鶴治郎は新たな男の腕を掴んだ。

「へ!?俺…ですか?」

ぐっと腕を引かれて前のめりになったのは、藤堂であった。続いて、山南も同じく腕を力強く引かれてしまった。

「こんな煙ん中逃げんで皆を誘導してたっちゅう事は、死ぬ覚悟ができてるいうことやろ!いやー、立派立派!」

目に皺を深く刻み込んで、豪快に笑う鶴治郎。
死ぬ覚悟ができているとは流石に言いきれないが、町人を助けるために何かできるのであれば、何でもやりたいと藤堂、山南は思っていた。

「鶴治郎さん、手伝わせていただきます!」

山南が藤堂の気持ちを代弁して、鶴治郎の浅黒い武骨な手を握る。

「鶴治郎やない。親分や!」

二人の意志を受け取った鶴治郎は、数名の男たちと藤堂、山南を従え、火が来る方向に目を向けた。


「おいオヤジ。うちも混ぜろ」

不意に聞こえてきた声に、鶴治郎は眉間に皺を作り、口角を下げる。

「女は邪魔になるだけや。さっさと逃げろ」

男たちに向けられた大声とは似ても似つかぬ静かな口調で、鶴治郎は冷たく言い放つ。しかし、女は退かなかった。

「しゃがれた声の老いぼれ爺よりもずっと機敏に動けると思うけどな?」

鼻でせせら笑いながら、女は喧嘩を売るような言葉を躊躇することなく口にした。

「はっ!生意気言いよる。女、名は?」

「赤城楓」

「楓。死んでも知らへんぞ」

「死なん」

「ぬふふ。おかしな女やな」

鶴治郎は喉奥でくつくつと笑った後、再び火の方向へ視線を向ける。
楓もふっと笑い、藤堂の横に並んだ。