「…楓。あの人は?」
「うちが知るか」
激怒する輩を前にしても全く怯まない目の前の人物に、目を丸くする藤堂と楓。
「ほい、これ着ろい」
一体この人物は何者かと周りの視線がたった一人の人間に釘づけになった。
「お…おい」
「これって…」
男たちは怒るのを忘れて、手に持たされたものを広げる。
「…半纏?」
両腕いっぱいに広げられたのは、なんとも特徴的な半纏。
全面に濃紺の持子が染め抜かれ、背の中心には鮮やかな紅い円の中に白々と達筆で『も』と書かれていた。
「そんだけ元気なら少しは使えるやろ。さっさとそれ着てついて来い」
すっかり男たちを丸め込んでしまった不思議な人物は、愛嬌のある笑顔を見せ、自らも半纏を羽織る。
「「!!」」
その半纏を見た人々は、はっと声にならない声を上げた。
「俺はも組の頭!鶴治郎(つるじろう)!テメーらその半纏を手にした時点で俺の子分や!
おら!早よ着ろ!火が来てまうやろ」
先ほどまでとは別人のように鶴治郎は、しゃがれた声で呆気にとられている男たちを怒鳴りつける。
その迫力に圧された男たちは、急いで半纏を身に纏い、背筋を伸ばす。
「…あの方、町火消のお頭だったんですね」
この騒ぎに足を止めようとする人々を誘導していた山南が、藤堂と楓の頭の間から顔を出した。
鶴治郎のいう頭とは、火消の根幹とも言える役職である。建物の屋根に登り、風向きや町の構成、火の回りなどを素早く把握し、速やかに指示を出すという、火消の中で最も難しい役なのだ。

