幕末異聞―弐―


「平助!楓君!!煙と灰がここまで…」

汗だくで息を切らせた山南の声に、藤堂と楓は一旦考えるのをやめた。

「…これは!」

「最悪やな」

口を大きく開けた藤堂の顔に無数の灰が当たって通り過ぎていく。

河原町より風の力を借りて燃え広がった火がいよいよ楓たちのいる場所まで迫ってきたのだ。

「火が来たぞー!!」

道を彷徨う町人の誰かが発した声を合図に、そこかしこから悲鳴や泣き声が聞こえる。それに加え、木の焼ける匂いと黒煙が更に人々の冷静さを失わせていった。

「どけ!俺が先だっ!」

「どうか…子どもだけでも先に!」

皆口々に自分の都合を主張し、人の波は乱れに乱れて手の付けられない状態となっていた。



「黙らんかぁぁ!!」


突如、煙を吹き飛ばさんとする勢いの怒号が、喧騒する人々の動きをぴたりと止めた。

「なんだテメー!」

「すっこんでろボケッ!」

「偉そうにしやがってふざけんな!!」

一瞬は怯んだものの、気の昂ぶりが納まらない数名の男たちが、怒りの矛先を怒号の主に集中させる。

「うん。馬鹿な奴ほどよく吠えるとは真やなぁ」

血気盛んな男たちに囲まれているにも関わらず、悠長に首をボリボリと掻いている。

「なんだとこの野郎!?」

そんな態度が男たちの毛を更に逆立てているとは露知らず知らず。

「うーい。あんたらちとこっち来い来い」

と、にこにこと手招きをし、あろうことか男たちを自分に近寄らせている。