幕末異聞―弐―

京都の中心部に響いた不気味な重低音は壬生にも例外なく届いていた。


「重音の後の警鐘…一体どこで何が起こってるのかな?」

縁側から微かに聞こえる警鐘の音に、耳を澄ませていた藤堂が落ち着きなく上半身を揺らしている。

「何か動きがあったことは必須。しかし、ここにいては何の情報も…」


「情報は自分で掻き集めるもんやろ?」

言葉に詰まる山南を見据えたまま、座していた楓が左手に愛刀を持ち、おもむろに立ち上がる。
無造作に下ろしっぱなしの赤茶けた髪を手際よく頭頂部できつく結んだ。


「し…しかし楓君!我々は屯所の警護を任された身。好奇心だけで簡単に持ち場を離れてはいけない」

今にも駆け出しそうな楓の袴を少し引っ張り、動きを止める山南。

「好奇心ではありませんよ。山南さん」

楓の抑止力となっている山南の手の更に上から覆いかぶさったのは、熱を帯びた藤堂の手だった。

「俺たちは局長の命令を守るより先に、京都の人たちの力にならなくちゃいけない。きっと近藤局長でも同じことを言うでしょう」

「たまにはええこと言うやないか。まあ、そういうことや」


「…全く。君たちは」

困ったように笑いながらも、どこか嬉しそうな山南は楓と藤堂の手を優しく包み込んだ。

「かっこいいよ。本当に」

まるで父親のような慈しみを含んだ山南の声は、若い二人に気恥ずかしさと安心感を与えた。

「行きましょう」


藤堂の号令を合図に、三人の足は同時に八木家の門を出る。

屋敷の中にいるよりも一層大きく聞こえる警鐘の音に、山南と藤堂の緊張は高まっていった。
一方、緊張と縁遠い楓は警鐘ではなく、空に気をやっていた。

(煙は中心部から一筋、風は南西。うまくないな…)

不気味に青空へと立ち上る黒煙を睨んだまま、楓は風によって顔にまとわりついた髪を払った。

「急ごう。大惨事にならん内に」

警鐘音を頼りに進むと、徐々に温度と熱気が増していく。
すれ違う人々は皆どこへ逃げればいいのか判らないないまま、不安気な表情を浮かべてひたすら走っていた。