――パタン…


沖田の部屋を後にした松本は、自分の背幅ほどある行李を背負い、中庭に添って延びる廊下を歩き出していた。



「ご機嫌麗しゅう。松本先生?」


「珍しいね。君から私に近づいてくるなんて」

直角に交わるもう一つの廊下から音もなく松本の前に姿を現したのは腕組みをした楓であった。

「随分ふざけた真似してくれたな?」

一歩一歩ゆっくりと松本に向けて歩を進める楓。

「ドクターストップというやつです」

「あ?!」

「もう放っておける状態ではないという意味だよ。君の左腕」

「はっ!左が駄目なら右を使えばええ。右も駄目なら口で喰らいつけばええ!!医者風情が余計なことすんなや!」

「…君は何故自分から死に近づこうとするんだ?」

私には理解できない。消え入りそうな声で呟くと、松本は胸元で組まれた楓の左腕を見た。

「理解なんていらん。
…そうやな。新撰組のために命を捧げたい。とでも言っとくか?」

楓は左頬だけを引きつらせて微笑して見せるが、目は全く笑っていなかった。

「とにかく、あんたのせいでうちは今から土方をどつきに行かなあかん。
ヤブ医者。うちの事はもう誰にも言うなよ?言ったら斬る」

楓の脅し交じりの口止めに松本は肩を竦める。

その姿を鼻で笑い、楓はそのまま松本の横を通り過ぎて行く。

「なんて気丈なお嬢さんなんだ」

松本は昼の暖かい日が差す廊下を背を丸めて渡った。