幕末異聞―弐―


「…俺は、俺は認めねぇ!」

話が自分の思うように進まないことに苛立ちながら土方は口を山型にして目をきつく閉じた。

「歳よ。それでは話が一向に進まん」

ただでさえ、出陣前で少しの時間も惜しいと感じている近藤は、土方の頑固さに困り果てていた。




「このまま悩んでいても仕方ありません。
一先ず、赤城君には屯所待機の旨のみを伝えて、脱隊の件はこの戦が終わってからまた話し合うというのはいかがですか?」

どうやら、時間が惜しいのは皆一緒らしい。
山南が、いつまで経っても終わりそうにない討論を終わらせるため、一つの案を述べる。


「山南の言う通りだ。赤城君の脱隊の件は後日改めて話し合おう。今は各々戦に備えることとしよう」

「「「…」」」

近藤の言葉を受け、土方が真っ先に立ち上がる。無言で近くの襖を開けると、挨拶もせず退室してしまった。



「…行ってしまいましたね」

山南が誰もいなくなった隣の座布団を悲しそうに見つめながら誰に言うでもなく呟く。

「あいつに汚れ役を押しつけているのは他でもないこの俺だ。
仲間の死を一番間近で受けとめてきたのは歳。一切の妥協を認めない采配をしてきたのも歳だ。
だからこそ、赤城君の脱隊など受け入れられないのだ。
…だが俺は……」

「近藤さん…」

近藤の沈痛な表情に掛ける言葉が見つけられない山南。

副長という肩書きを持ちながら嫌なことから全て逃げてきた自分。

――腑抜けな自分に代わって、無意識であっても土方に鬼になるように仕向けてしまった。

重い空気が渦巻く局長室の中、悔恨の念が山南を強く圧迫していた。