――七月十九日


長州藩士が嵯峨の天龍寺、伏見の長州屋敷で挙兵の準備をしているとの情報を得た者たちがいた。


「慎太郎」

「なんだ?」

「わしゃ悔しい」


「…わしもじゃ」

京都の南に位置する伏見の旅館『寺田屋』の一室で、夏風を身に受けて涼しげな音を奏でる風鈴を睨む坂本龍馬がいた。
腕を枕代わりに小さく縮こまって寝転がる男の隣には、深いため息を漏らす中岡慎太郎の姿もあった。


「…力技は力技で返される。そして、力技で勝ち取ったモノの裏には必ず恨みや憎しみが隠れちゅう。人間はなんちゅー馬鹿な生き物なんじゃ」

「…長州は帝に仲間の冤罪を訴えるそうじゃ。始めは冗談かと思っちゅーたが、本気らしい」

窓から入り込んでくる熱風に顔を顰める中岡。

「何熱くなっちゅうだ。ほがなが幕府が許すわけないろう」

(あの女子も…幕府の駒の一つか)

吐き捨てるように言葉を発した坂本の中には、大太刀を持って勇ましく祇園を歩いていた女の姿があった。


「おんしは熱くならずにいられるがか?」


「は?」

中岡から意識を離していた坂本は、急な質問に体を起こし目を瞬かせる。

「もし…土佐藩が今の長州藩と同じ境遇にあったら、おそらくわしも同じ行動をとる」

「そんなの…わしだって…」

「じゃろう?所詮、わしらは部外者やきこがーに悠長に倒幕の策を練っていられるんじゃ。じゃがな、龍馬。部外者やきこそ思いつく事いうのがあるはずだ!」


「…部外者だからこそ?」

全てに対して半ば投げやりになっていた坂本に、中岡は小さな体に似合わない強い眼差しを向けていた。

「利益じゃ!」

「利益?」

「利益は人を動かす!」

「何を言っちゅうが慎太郎?!」

拳を握って一人で熱く語る中岡に、坂本は微かに体を引いて困り果てていた。

「わしらしか持ってない倒幕への切り札がある」

「何じゃ?」

中岡はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに体を乗り出して坂本に近づく。

そして、十分間を取って口を開いた。