――まさか死体を踏み進むなんて経験を一生の内に自分が遭遇するとは思ってもいなかった

死んだ人は尊ばなくてはいけない。
子供の頃に母親が言っていた。

きっと、今の俺の状況を見たら泣き崩れるだろうな…。



楓が二階に行ってから永倉と共に裏階段で刀を振るう藤堂は、既に暑さで集中力を欠いていた。
人を斬っている認識はあるが、自分がどうやって斬ったのか、止めは刺したのかわからなくなっている。


「おい平助!形が崩れてきてるぞ!お前らしくもねぇ」

(そんな事言ったってしょうがないじゃん。形なんてもう何の意味も無いよ)


「もう少しだから踏ん張れ!すぐに応援が来るはずだから!」

(それさっきも聞いたよ。来ないじゃないか。嘘つき…)


「平助―――ッ!!!」

(何だよもう…うるさ………)


永倉の叫び声を聞いてから間もなく、藤堂の視界が一瞬にして鮮明な赤色に染まった。


(あれ?何これ…真っ赤になっちゃった)


どんなに瞬きをしても消えない赤に苛立ちを感じながら、手で目を擦ろうとしたが、何故か手が動かない。


「平助ッ!!!平助しっかりしろ!!」


(八っさん…なんでそんなに慌てるの?早く浪士を…)

藤堂は起き上がろうとするが、四肢が微塵も言うことを聞かない。
赤い視界を通して、永倉が泣きそうな顔で自分を覗き込んでいる事だけは辛うじてわかった。


(ああ…もしかして…)


「は…さん…俺……斬られた?」

「…ッ!」


(やっぱりね…)


無言で俯いてしまった永倉の姿で、確信を得た藤堂は急に瞼が重くなった。



「平助?!目開けろ!!」


意識を手放そうとする藤堂に呼びかけて必死で閉じた瞼を開けさせようとする永倉。

しかし永倉の思いも虚しく、藤堂の瞼が持ち上がる事は無かった。