「慎太郎」
「ああ?」
「あれは女子じゃ」
中岡は坂本のおかしな発言に、気でも触れたのかと思った。この時代の日本で、女が刀を持って袴を履くなど常識のある人間ならまず考えない事だ。
「わしをからかっちゅうのか?」
今だに格子窓に額を擦り付けている坂本を中岡は本気で心配する。
「違う!わしはあの子を知っちゅうんじゃ!慎太郎、ここで待っててくれ!」
「おい!!龍馬?!!一体どうする…」
――バンッ!
中岡が全てを言い終わる前に、店の古びた木戸は乱暴に閉められた。
「喧嘩かい?」
店の店主が心配して中岡に声を掛けてきた。
「いや、心配にゃ及ばん。オヤジ、もう一本」
「まいど」
中岡は空になった徳利を店主に渡し、格子窓越しに外を見る。
もうそこに浅葱色はなかった。
「変だと思ったんじゃ!女子が団子屋に刀持ってくるなんて…」
冷静になって考えてみれば、おかしなことだらけだったと、今になって悔やむ坂本。中岡といた小料理屋から、坂本は京都の中でも有数の賑わいを見せる四条通りに出た。
「ほんに人が多いのぉ…」
遠くを見ようとしても人の頭しか見えない事にもどかしさを感じつつ、めげずに浅葱色の集団を探す。
坂本は人の波に逆らい、新撰組が歩いていった方向に沿って走る。
「あー…。駄目じゃ…」
十分ほど通りを行ったり来たりして探してみたが、結局お目当ての人物には巡り合えなかった。
渋々捜索を断念し、坂本は中岡のいる小料理屋への道を戻る。
この時、目と鼻の先に必死になって探していた人物がいた事は、探す側も探されていた側も生涯知ることはなかった。

