幕末異聞―弐―



――四条堀川


「のお龍馬」

「なんじゃ?」

「変だと思わんか?」

「いんや別に」


「…聞いたわしが馬鹿じゃった」

夜空に星が瞬く暮れ六ツ半(七時過ぎ)。
昨日、長州藩勢の説得に失敗した中岡と坂本は四条堀川の小料理屋にいた。
四組ほど客が入ったら満席になってしまう様な小さな店内で、坂本は魂が抜けたように格子窓の外で行き来する人を何となく見ていた。

「壬生狼の見廻りの回数がぎっち(いつも)より多い」

中岡も格子窓の外を見るが、身長が低いせいで少し膝立ちをしないと外が見えない。必死な中岡の姿に哀れみを感じながらもつい笑ってしまう坂本。

「そうながか?わしは京都に来たばかりやきよおわからん」

坂本は笑っているのを悟られないように咳込むフリをして誤魔化す。


「ほれ!また来よった!!」


坂本の一人芝居を無視して中岡は、坂本の豊富な癖毛を乱暴に掴み、格子窓に顔を押し付ける。

「いだだだ!よせ慎太郎!!わかったき、離さん…」


「…龍馬?」

受動的に格子窓に押し付けられていた坂本が、急に能動的に窓に張り付いた。中岡は坂本の髪から手を離し、彼が見ている所を一緒に見る。


「…なんじゃ!壬生狼の中にもあんな美男子がおるんじゃな!」

「…」

「でもありゃおぼこい(幼い)な。まだ成長しきれちゃーせんようだ」

中岡が見ていたのは、約十人体制で市中見廻りをする新撰組だった。
どこを見ても筋肉隆々とした男たちだらけである。そんな中、異質とも言える華奢な隊士が中岡の目に止まった。

「ん〜?あいつ大太刀を持っているぞ?!あんな体で…馬鹿か?」

食い入るように異質な一人の隊士を見つめていた中岡は、その手に持たれた体とは不釣合いな大太刀を見て坂本の反応を伺う。


「…あの大太刀」

いつになく真剣な声で独り言のように呟く坂本の瞳は揺れていた。