幕末異聞―弐―

隊士たちの身支度が終わり、粗方静かになった八木邸では、新撰組要の三人が難しい顔をしていた。


「…総司の数え間違いということはないかね?」

思わず最も信用している同志を疑ってしまいたくなる現実に直面した近藤。

「それはない。指折り数えたと自信を持って報告しに来たからな」

土方は愛用の小筆を口に咥えて上の空で近藤に答える。

「病人、怪我人が多いのはわかっていたことだが…まさかここまで深刻だったとは」

山南も沖田が纏めた出動可能な隊士名簿に書かれた名前を繰り返し確かめた。

「倒幕派会合の候補場所が二ヵ所、出動できる隊士は我々含め三十三名…。会津の応援を待つしかないな」


「局長。斎藤一、ただ今戻りました」

まるで期を伺っていたかの様に局長室の襖を隔てて斉藤の声がした。三人は顔を見合わせて斎藤を招き入れる。

「斎藤君ご苦労だった。それで、会津藩邸の返事は?」

まだ斎藤が着座していないというのに逸る気持ちを抑えられない近藤は早口で回答を求める。

「はい、ご報告いたします。会津藩の回答は応援要請を受けるということでした。内容は以下の通りです。
“夜五ツ(午後九時頃)四条の祇園町会所に集結する事を約束する。”」

斎藤は、京都守護職・松平容保から預かった言い付けを一言一句変える事無く三人に伝えた。

「五ツだって?!それじゃ遅すぎる!」

土方は咥えていた小筆を畳に落として怒鳴る。

「今はもう暮れ六ツ(午後七時頃)です。今からでも行かないと…」

山南は意見を求めて近藤を見た。


「…とにかく今は隊士全員を集会所に向かわせよう!話はそれからだ」

迅速で的確な判断だと土方は口元だけで笑って席を立った。
畳んで置いてあった隊服を身に纏い、防具と大小の刀二本を持って部屋を出る。山南も後を追うようにして退室する。部屋に残った近藤は、斎藤を下がらせ自分も隊服に身を包んだ。