「もらったんや。芹沢鴨に」
長らく口にしていない名を発した瞬間、楓の中にはある女の名が浮かんだ。
――お梅
それは楓の生まれて初めての友の名。そして、生まれて初めて自らの刀で斬った友の名でもあった。
「芹沢局長に?」
過去に意識を飛ばしていた楓は、沖田の声で現在に引き戻された。伏せていた目を沖田に向けると、彼の手には大きな白地に黒のダンダラが染められた羽織が持たれていた。
今は亡き筆頭局長・芹沢鴨が一度も着ることの無かった隊服は、月明かりに照らされ青白く輝いている。
「あかんな。それはでかくて着れそうにないわ」
「え?!!着るつもりだったんですか?!」
沖田は大きな隊服を風呂敷の上に置き楓を見た。
「あたり前やん」
「…土方さんに怒られますよ?“何で平のおめーが局長と副長しか着れねー隊服着てんだ馬鹿野郎ッ!”って」
眉間に皺を寄せ土方の真似をする沖田に、楓は思わず噴き出す。意外と完成度が高かったようだ。
「いっひひひ!!似てる似てる!あんたそれ宴会で披露したら盛り上がるで!」
「命と引き換えに人を笑わせるなんて嫌です」
「ええやん!やれやれ!」
久しぶりに転げるほど笑った楓は、深呼吸して呼吸を整える。
「はあ…。笑った〜。
仕方ないから鉢金と隊旗だけ持ってくことにするわ」
不造作に置かれた羽織をどけ、楓は丁寧に四つ折りにしてある赤い布と新品の鉢金を自分の方に寄せた。
「鉢金はわかりますけど、その隊旗はどうするんですか?」
楓の手によって広げられた、風呂敷と同じくらいの大きさをした長方形の赤い隊旗。真ん中には白く“誠”と大きく染め抜かれている。
「まあ、お守り兼汗拭き代わりとして懐にでも入れとくとわ」
「くっ!!あはははは!!それはいいですね!きっと芹沢さんも笑ってくれてますよ」
鉢金を頭に巻いている楓は、沖田言葉に対し、微かに笑みを溢した。
「よし、行くか」
芹沢の鉢金を額に巻き、隊旗を懐に忍ばせた楓は右手に大太刀を持ち立ち上がる。
「そうですね」
沖田も楓に続いて立ち上がり、二人揃って隊士の集まる大部屋へと向かった。

