「先生、駕籠を用意致しました。どうぞお気を付けてお出かけください」
宮部に連れられて、七条河原町の長屋から大きな通りに出た吉田。
通りに並んだ料亭や飲み屋はすでに昼とは別の顔を見せている。
時刻は酉の刻。
夏の長い日が役目を終え、ようやく西の山々に隠れる頃、吉田と宮部は静かに動き始めた。
「私は壬生狼に感付かれないよう先生が出てしばらくしてから池田屋へ向かいます。どうぞ」
腰には刀を差さず商人に変装した宮部が足を止め、大通りに待たせてある駕籠に吉田を導く。
「わかりました。宮部さんこそ気をつけてください」
「お気遣い頂きありがとうございます。出しなさい!」
吉田が駕籠に乗り込むと、宮部は自ら乗り口の茣蓙を下ろす。それを合図に、逞しい男二人が駕籠を軽々と持ち上げ掛け声を掛け合いながら走り去る。
宮部は駕籠が大通りを右折するまで見届けて自分も会合に出向くための準備に取り掛かった。
「…邪魔や!!」
行灯に火を入れなければ少し先も見えないような暗くなった自室で楓は怒っていた。部屋の隅にある三段箪笥を開け、中に入っている全ての物を乱暴に投げ捨てる。
「痛っ」
「…?」
「一体何してるんですか?武装の号令を掛けたはずですよ?」
中庭が望める障子戸に体を預けて呆れ声を出したのは、月光を背負った沖田だった。どうやら、楓の投げた何かが当たったらしく、側頭を摩っている。
「うるさい。今からやるとこや。指図するなボケ!」
昨日の気まずい雰囲気を引きずっていた楓は、新撰組幹部である沖田に背を向けたまま黙々と物を放る。
半刻前、蔵から帰った沖田により隊士全員に武装待機の命令が下った。
楓以外の隊士はすでに武装を終え、いつでも出動できるような態勢になっていた。障子戸にもたれている沖田も既に腰に刀を差し、最低限の防具を装着して出動の時を待っている状態だ。
「はぁ。姿が見えないと思ったらまだ羽織を羽織っただけなんて。馬鹿ですか?」
さり気なく毒舌な沖田に楓は眉間に皺を寄せるが、口はきつく結んだまま耐えている。

