――五条麩屋町 旅籠・千里



「あ…あああああ…っ!」

旅籠の玄関で大きな編み笠を被った小綺麗な浪人は、言葉にならない奇声をひたすら発していた。

「おーおー!!まっこと久しぶりじゃの〜!
やっと会えたぜよ石川清之助!いや〜、あの女中に感謝せんといかんな!!あっはははは!」

清川と呼ばれる男の前に立って明るい声で嬉しそうに話すのは、小汚い着物を着た、髪が異常なほどボサボサの男。
坂本龍馬であった。


「いいい、生きてたのかあんた!!?」

やっと言葉にできたのは酷い一言。浪人は後ずさりながら小汚い男を指差した。

「生きてたとはなんぜよ?!いやあ、道中道に迷ってしまっての?とりあえず直感で歩いてたら何やかんやで半年も過ぎちょった!わははははははッ!!」

「笑っちゅう場合がやない!!龍馬!大へご(大変)なことが起こったぜよ!」

深く被るっていた編み笠を目の高さまで上げ、男は土佐独特の訛りで坂本に訴える。
どうやら再会の喜びに浸る余裕はなさそうだ。

(折角半年振りに会ったというがやき、いられ(せっかち)な奴じゃの)


「慎太郎、一体どうしたと言うが?」


困り顔で小首を傾げ、両手を腰に当てる坂本。

慎太郎とは、石川清之助の本名であった。姓を中岡といい、坂本と同郷の土佐藩藩士だったが、既に脱藩している。
背丈は小柄な女性ほどしかなく、顔は満月の様に丸い。同郷で友人の坂本にはよく“ちっこいおんちゃん”と不名誉なあだ名で呼ばれていた。
現在は、“陸援隊”という倒幕集団を率い、倒幕派の中心である長州藩と共に行動している。