――バシッ!


「先生ッ!!」

断りも無しにけたたましく開いた戸に対し、反射的に傍に置いてあった刀に手をかける吉田稔麿。


「…宮部さんじゃないですか」


勢いよく駆け込んできたのは、今夜、桂との会合に一緒に出席する予定だった宮部鼎蔵。
吉田は、宮部らしからぬ無礼な振る舞いに少々戸惑う。よく見ると、右足だけ草履を履いていない。

「一体どうしたと言うんです?」

乱れた髷をそのままに、必死で忙しなく呼吸をしている宮部に吉田は駆け寄って背中を擦る。

「み…壬生狼が…」

乱れる呼吸の中、宮部は必死に言葉を発する。吉田は、その必死な言葉を聞き逃さないように宮部の顔に耳を近づけた。


「枡屋がっ…みぶ…壬生狼に…捕縛された模様です!!」


「!!?」

吉田の思考は一瞬、完全に停止した。宮部の予期せぬ言葉に吉田の脳は対応しきれなかったのだ。


「…という事は、計画を実行するための武器は…」


「…押収されていました。吉田先生!もう私は我慢なりません!!!
すぐに同志に呼びかけ、武装蜂起して枡屋を救い出すべきです!!」

血走った目を潤ませながら鬼のような形相で吉田に訴える宮部。その痛々しい姿と口をぎゅっと固く結んで向き合う吉田。

しばらく膠着状態が続いたが、ようやく吉田の口が開いた。


「宮部さん…それは…できません」


「?」

宮部の力んだ顔から全ての力が抜けていく。全くの無表情になった宮部を直視できなくなった吉田は、俯いて彼の汚れた右足を見た。

「貴方のお気持ちは察します。でも、一人の為に大勢の戦力を失うわけにはいかないのです」


「…吉田先生」


「宮部さん、すみません」



――喜右衛門は諦めろ


そう言っているのだと宮部には聞こえた。実際、吉田は遠まわしにそう言っていたのだ。

再び重苦しい空気が二人のいる部屋を包み込む。
日が高くなってから始まった祇園祭のお囃子の練習が二人にはやたら耳障りに聞こえた。