幕末異聞―弐―

「ほら!連れて来たぜ!」

原田は、おつかいを頼まれて成功した子どものように胸を張って威張る。


「…あのな、楓だって一応女の子なんだぞ?こんな寝着のまま連れ出すなんてお前どういう神経してんだよ?!」

「お前がどういう神経しとんねん!一応とは何や!?うちは歴とした女や!」

「おま…じゃあもっとその姿恥らえよっ!」

「恥らう?」

楓はさっきから永倉や後ろにいる隊士たちが自分から目線を外している事に気づいた。中には頬を桜色に染めている者までいる。

「?」

何か付いているのかと思い、楓は俯いて自分の首から下を順に見ていく。


「おお!乳出そうやん!」

――ガスッ!!

楓が言葉を発した刹那、永倉から容赦ない鉄拳が楓の左側頭部を直撃した。

「乳とか言うんじゃありません!」

(((((お母さん…)))))


近くにいた全ての隊士が永倉の背中に故郷の母の姿を重ねていた。

「あたた…。だって仕方ないやん見事に肌蹴とんのやから」

隊士や永倉が楓を直視できなかった理由は彼女の胸元にあったのだ。
寝て起きたままの姿で連れ出された楓の寝着は見事に乱れており、特に胸元は鎖骨の付け根までずり落ちていて、危うく胸が見えてしまいそうな状況であった。

「だーははっ!!そんだけ脱げても谷間一つ見えねーとは、お前すげー貧乳だな!」

――ドスッ!!

全く空気の読めない男、原田左之助は永倉の素早い蹴りで裏腿に痛手を負った。よほど効いたのか、大きな体を縮めて蹲る。

「だからあんたはモテないんやっ!もう一ぺん生まれる所から始めろ阿呆!」

楓が軽蔑と殺意の篭った目で小さくなった巨体を睨み、着物を正す。

「んで、これは一体何の騒ぎや?」

楓が隣に立つ永倉に質問を投げかけた。

「残念だったなぁ。もう催し物は終わっちまったよ」

「?」

永倉は懐に手を突っ込み、人懐っこい笑顔を楓に向ける。

「いやね、今朝総司と平助の隊が倒幕派の重要人物を捕縛したんだよ。そいつの面を拝むために、みんな門で帰りを待ってたってわけ」

「!!」

(枡屋喜右衛門か!)

「それでどうなったんや?!」

楓は人事ではないその捕縛劇の結果を少し声を荒げて催促した。