幕末異聞―弐―


(いだだだ!)

髪を引っ張られているせいで顎が上がったままおかしな歩き方をする沖田。
そのすぐ横を沖田の笑いの原因となった男が通り過ぎていく。一瞬、横一列に並んだ癖毛の男を沖田は顎が上がって制御の利かない首をどうにか捻り、横目で確認をした。

(結構背が高いんだな〜。ふふ。本当に酷い癖毛!身なりもみすぼらしい。
まるで京に来たばかりの私たちみたいだ!)

新撰組の横をすっと恐れることなく通り過ぎて行った男。みすぼらしいが広く大きな背中の男をいつまでも見つめている沖田に、ようやく髪から手を離した藤堂が話しかけた。


「何だか変わった人だったね」

「そうですね〜」

器用に横歩きをしながら藤堂に背を向けて答える沖田。


「沖田先生、藤堂先生。間もなく新京極通に差し掛かります。次の裏寺町通を通過して間もなく河原町通に出ます」

不思議な男に気を取られていた二人に、すぐ後ろを歩いていた八番隊の伍長・林信太郎が耳打ちをする。

「ありがとうございます」


「…いよいよだな」


一歩踏み出すごとに、藤堂と沖田の周りの空気が張り詰めていく。後ろに並ぶ一番隊と八番隊の隊士たちは、二人の醸し出す空気に刺激され、段々と士気が上がっていった。

裏寺町通を通り過ぎ、いよいよ河原町通が近づく。

「ふふ。まるで別の町に見えますね」

河原町通に一番乗りで足を踏み入れた沖田が、独り言のように呟いた。
朝の河原町通は日中と全く別の顔をしていた。通りを歩く者は全くおらず、廃村になった村のように静まり返っている。


「おい、あそこだ」


藤堂が、左右に伸びる通りを見渡していると、物影に一人の乞食がいるのに気が付く。
乞食のすぐ隣には、立派な木材に黒々と枡屋と掘り込まれた看板が見えた。