幕末異聞―弐―



「とりあえず開けてくれんかの?戸に向かって喋るのはなんか空しいぜよ!」

「失礼ですが、貴方様のお名前を聞かせてもらってよろしいですか?」

一度言葉を交わしてしまった以上、無視することもできず、喜右衛門は仕方なく男の名を聞く事にした。

「才谷じゃ!!才谷梅太郎!土佐のもんじゃき!」

「土佐?」

すんなりと自分の名を明かした才谷と名乗る男。声だけを聞けば、特に害はない人物のように思える。

(いや、今はこのようなご時世だ。言っている事をまともに受けるなど私には…)



――ガラ…

「おお!!やっと開いた!すまんが、急ぎの用なんじゃ。協力してくれんが?」

顔半分ほどに開けた木戸の向こうでは才谷が顔いっぱいに口を広げて笑っていた。

「私はしがない薪炭商ですが、協力できる事なら何でも致しましょう」

枡屋は目を細めて商売人としての笑顔を見せる。
結局、知らず知らずの内に才谷のペースに巻き込まれてしまっていた。

「いんや〜!なんちゅうええ人なんじゃ!!じゃあ早速聞かせてもらうぜよ!
おんし、石川清之助いう人をご存知がな?」

「石川清之助?…はて、どのようなお人ですか?」

「わしと同じ土佐出身の…簡単に言うとちっこいおんちゃんじゃ!!」

「ち…ちっこいおんちゃん?!!」

おそらく“小さいおじさん”と言っているのであろう。だが、小さいおじさんなんてこの京都だけでも山ほどいる。
喜右衛門は頭を抱えたくなるのを我慢し、少し困ったような笑顔に変わる。

「それだけでは解りかねますな…。何かもっと具体的な特徴などはございませんか?例えば髭が生えているとか」

「う〜ん…。それが、わしがそいつと会う約束をしたのが半年近く前じゃき、今どうなっちゅうかわからんち!あはははは!!」

「あんた半年も何やってたんですか?!!」

「迷子になってたんじゃ!気がついたら鹿児島にいたぜよ!」

腰に手を当てて、喉の奥が見えるほど大笑いをする才谷の姿に笑顔を忘れて立ち尽くす商人の喜右衛門。