幕末異聞―弐―



「…馬鹿やな」


俯いた楓は、低く唸るように声を発する。その表情は、彼女の長い髪に隠されて見ることができない。


「…もう一度言う。出来る限りでええ。目を離さんでくれ。これは俺がお前にする最初で最後のお願いや」

山崎は、楓に頭を下げた。

これが山崎が沖田に対して出来る最大の治療。もし、これが最善の方法だというのなら、どんなに嫌いな相手でも頭を下げよう。
医者としての山崎が、山崎蒸個人のプライドを捨てさせたのだ。


「…わかった」


山崎の懸命な姿が、楓の何かを動かした。
しっかりと顔を上げて、山崎と約束を交わす。
楓の返事を聞いた山崎は、小さく頷いて素早い動きでその場を去っていった。



山崎が去った後、色々な思いを抱えたまま自室に戻った楓は、行灯に火を入れず、しばらく机に突っ伏した。


「…はは。つい最近まで人の事なんて考えんかったのに。やっぱりしんどいやないか…」

(きっと前の自分がこんな姿見たら馬鹿にするんやろうなぁ)

「人のために何か出来ることを探そうなんて…阿呆か」

(口ではそう言っても、なかなか頭は考えるのをやめてくれへん)



「あ〜…めんどくさ!!」


楓はごろんっと仰向けに寝転ぶ。障子に映る草木の影を見ながらぼんやりと過ごす楓の中には、何とも例えようのない感情が芽生えていた。