「おい猪」
遠くで障子戸が閉まる音を確認してから、庭に立っている山崎が、廊下に立つ楓に呼びかける。
「沖田先生から目を離すなよ?」
山崎の奇妙な言葉に楓の眉が微かに動く。
「は?何でうちが?」
嫌いな相手に命令されて機嫌が悪くなる楓。山崎は、頭に昇ろうとする血を何とか抑えている。
「沖田先生は誰にでも気を遣って接しとる。しかしお前には他の人に比べて自然体で接してるように見えるからや」
「別にそんな事は聞いてへん。何で見とかなあかんのかって!」
「労咳やもしれん」
「…」
楓の心の乱れを反映するように、今まで無風だった庭に、一陣の風がザァっと音を立てて通り過ぎていく。
労咳とは、この時代“不治の病”と言われ、かかった者は死を覚悟しなくてはならない重病であった。
楓は、口を一文字に固く結んでじっと動かない。
「俺の生半可な知識では何とも言えんが、触診と問診で引っかかる所がいくつかあった。再三再四、医者に行け言うたが全く応じようとせん。恐らく、局長や副長に迷惑かけると思っとるんやろうな」
山崎は、沖田を動かすことが出来ない自分に腹を立てていた。唇を噛んで眉を顰める。そんな山崎を楓は見たことがなかった。

