「「?」」
二人以外いるはずのない廊下に鼻にかかる落ち着いた声が響く。
言い合いに夢中になっていた沖田と楓は、お互いの顔を見てから急いで声の出所を探した。
「部屋におらんと思ったらこんな所にいたんですね。沖田先生」
「…えへへ〜。もしかして山崎さんですか?」
沖田は、眉を八の字にして恐る恐る外の様子を伺う。
「山崎です」
廊下から数尺離れた白壁に寄りかかっていたのは、山崎蒸であった。顔を見なくても呆れているのがわかる。
「いつからいたんや狐?!」
天敵の思わぬ乱入にまだ怒りの醒めない楓は、山崎を睨む。
「いつからでもええやろ猪。それより沖田先生、薬を」
山崎は、勝手に騒いでいる楓を軽蔑の目で威嚇した。
「わざわざありがとうございます」
申し訳なさそうに山崎の手から茶色の薬包紙に包まれた粉末を受け取る沖田。
「…薬?」
楓が沖田の手に握られた包みを注視した。
「あはは。これは山崎さんに頼んでいた風邪薬ですよ!」
山崎にお礼の会釈をして、沖田は寝着の袂に薬をしまう。
山崎は、生家が医院を営んでいるため、多少の医学に対する知識を持っていた。現在では、その知識を生かして隊士たちの怪我の治療や、軽度の体調不良を訴える隊士の診察、薬の調合などを行っている。
そして、今回沖田に渡した薬も山崎手製のものであった。
「本当はちゃんと医者に見てもらったほうがいいんですけど…」
「ははは!な〜に、こんなのほっとけばすぐに治りますよ」
山崎の渋い顔に、沖田は二の腕に力瘤を作って調子の良さを主張する。だが、その顔色は表情に似つかわしくない蒼白であった。
「なんや総司〜!調子悪いんやったら明日うちが変わってやってもええで?」
「遠慮しときます。私だって久しぶりの御用改めでわくわくしてるんですから!」
「じゃあ早く寝てください」
山崎の的確なつっこみに、楓も沖田も会話を中断する他なかった。
「ぶーっ!わかりました!もう寝ますよ〜!」
もう何を言っても勝ち目がないと思った沖田は、珍しく人の言うことを一回で聞いた。山崎の勝利である。
楓は、不服そうに立ち去る沖田の哀愁漂う背中を見て、懸命に笑いを堪えていた。

