幕末異聞―弐―


「話を進めていいかね?」

「どうぞ」

楓は上目遣いで近藤の表情を伺う。最近、会津藩邸に出向いたり守護職の会合に出席したりと多忙だった近藤の目には、仕事の大変さを物語る黒々としたクマが広範囲に渡ってできていた。

「氷雨太夫として枡屋に近づいていた際には、嫌な事も多々あっただろう?
でも、それももうお終いだ」

「お終い?」

近藤は、寝不足で腫れぼったくなった目を細めて微笑んだ。

「そうだ。明日、早朝に一番隊と八番隊が枡屋を御用改めする事が決まった。だから、君はもう通常の隊務に戻っていいんだよ」

「ついに喜右衛門を捕縛するんですね」

楓は、じっくり間を置いた後、近藤の大きな顔に焦点を合わせた。

「そうだ。ここらが潮時だと判断したのだよ」

太く逞しい腕を胸の前で組んだ近藤は大きく首を縦に振る。

「いよいよ、大波に挑むんだ」

しばし黙っていた土方が、興奮から来る笑いを耐え切れず口に手を当て、喉の奥で笑った。

「その波にうまく乗れたらええなぁ…」


楓は、自分の愛刀に目を向けてみる。


(しばらく使い方が雑になるやもしれんが許してな?)


心の中で、愛刀に謝罪した楓は、鞘を労わる様にそっと撫でた。