私情に思いを巡らせている暇などない。幕府側の連中が水面下で活発に動いていると聞く。
一刻も早く計画を進めなければ…。
「おはようございます吉田先生。起きて早々で申し訳ないのですが、桂先生の使者からお手紙をお預かりいたしております」
立て付けの悪い戸を開けて宮部さんの手が目の前に伸びてきた。その手には折りたたまれた半紙が乗せられていた。
「ありがとうございます」
別に驚くこともなかった。
以前、三本木の料亭で食事をした時に言っていた事だろう。小五郎らしく几帳面に折られた半紙を広げて内容を確かめる。
――六月四日 夜六ツ(午後八時頃)
三条木屋町 四国屋にて待つ
桂小五郎
「…宮部さん、明日の夜は空いていますか?」
「私ですか?空いております」
「では、明日夜六ツの桂との食事の席に貴方も出ていただけませんか?」
「わ…私が!?いいのですか?!」
「もちろんです。これからの倒幕活動について色々話すための席ですので、貴方もいてもらわないと困ります」
「吉田先生!!!勿体無きお言葉、ありがとうございます!謹んでお受けいたします」
本当は怖かった。
自分を制御しきれなくなって意固地になってしまうことが。子どもだと言われても構わない。
今の松陰先生の残像を追い続けている俺には、地に足を付けて現実をしっかり見ているお守り役が必要なのだ。
「では、明日の夜六ツ前にお迎えにあがります」
用を済ませた宮部さんが出て行き、また一人になった。
どこからかお囃子の練習をする音が聞こえる。
「祇園祭か」
このたどたどしいお囃子が、安心して聴いていられるくらい上達したら、動き出そう。
――幸せな国を造るために