――六月三日


「桂殿!!」


河原町御池にある長州藩邸で慌しく人探しをする藩士がいた。


「ここだ!」


四方を屋敷に囲まれた見事な庭園から声がする。

「急に呼び出してすまん」

庭園に造られた池で鯉に餌をやっていた桂小五郎が駆けつけた藩士に微笑んだ。

「滅相もございません!して、何か御用ですか?」

藩士は桂の姿を確認すると、急いで庭園に降り、池に走った。

「高瀬君、君は宮部鼎蔵を知っているね?」

「宮部殿ですか?ええ。京に上る以前に数度お会いした事がございます」

高瀬は久しい名前を聞いて、自分の記憶を辿る。

「では、彼にこれを渡して来てくれないか?」

桂は、こげ茶色の着物の袂を探り、丁寧に折りたたまれた半紙を高瀬の前に差し出した。

「彼は今、吉田稔麿と共に七条河原町の長屋にいるという話だ。桂からだと言えば解るだろう。
頼まれてくれるか?」

「承知しました」

高瀬は桂の手から半紙を預かり、愛嬌のある笑顔を見せる。

「頼んだぞ」

桂の言葉を受け止めた高瀬は一礼し、早足で藩邸内に消えていった。




「日本を良くしたいという志は皆同じなのだ。ならばきっと和解する余地があるはず…」


桂は、池に反射した自分の歪んだ顔を見つめながら、言い聞かせるように呟く。

屋敷の外からは、間近に迫った祇園祭の準備をする人々の明るい声が聞こえていた。