幕末異聞―弐―



「守るべきモノの存在や」


「…守る」


「此処の連中はみんな、あんたに精神的に支えられてる。そんな尊い存在を守ろうと刀を握っているんやないか?
誰もあんたが刀を抜くことは望んどらんはずや」

「私が…皆の支えに?」

視界が更に悪くなる。
目から何か重いものが落ちていく。

山南は泣いていた。

一粒落ちた涙は、最早止めることは出来ない。次から次へと止め処なく大粒の涙が音を立てて畳に落ちる。

今までの蟠りが涙となって体外に排出されているかのように泣けば泣くほど胸がスッと軽くなっていった。


「す…すみません…。大の男が…こ、こんな…」


子どものように引付を起こしながら咽び泣く山南に、楓は目を瞑ってはにかんだ。

「ええやないか。泣くときは男も女も関係あらへん。そんな事いちいち考えてるから不器用になっていくんや」


「ふふ。…すみません」


真っ赤な目で涙を流しながら笑う山南の顔は楓が見た中でも一番いい笑顔だった。その笑顔に吊られて楓も声を押し殺して笑う。

「泣いたこと黙っといたるから、もう少し匿え」

「それは好条件だ。何時まででもいてください」

涙を着物の袖で拭って、腫た目を両手で覆う山南。


そんな姿を見られたくないであろうと思った楓は、山南に背を向けた。



「……山南さん」


「?」

背中に語りかけられた山南は、楓の華奢な背中を見る。


「あんたは、変わらんでくれ」


小さな声で呟いたこの時の楓の顔は、山南からは見えなかった。

しかし、その言葉の響きはとても重く感じられた。


「はい」


楓からは姿勢や態度は見えていないかもしれないが、山南は出来る限り背を伸ばし、たった二文字の返事だが、その一つ一つに魂を込めた。
その返事を聞いて、楓は小さく頭を上下させて静かに深呼吸していた。