「あ、いえ……」

驚きの余韻が残り、思わず声が上ずる。

まさか、自分以外の誰かがこんなところに来ているなんて思いもしなかった。


この街で、神に祈りを捧げるような輩はあたしくらいだと思っていたのに。


「私以外にも、此処へ来ている方がいらしたんですね」

男の人は、カツカツと革靴を鳴らしてこちらに近寄って来る。

扉の近くの暗がりではあまり良く見えなかったが、長身で、黒いスーツを奇麗に着こなした男性だった。

「あたしも、驚きました」

言うあたしに、男性は縁無しのメガネの奥の瞳を優しそうに歪めてふっと笑う。

「ちょっとした日課でね。もう、終わりましたか」

「ええ。あたしは、もう。……じゃあ、これで」

思いもよらなかった登場に、彼ともう少し話していたいとも思ったけれど、祈りの邪魔をするわけにもいかない。


それに、もし祈りではなく懺悔をしにきたとしたら、余計にあたしが居るべきではない。


「そうですか。……では」


律義に会釈をする男性の漆黒の髪が、きらりと光る。

奇麗な黒だな、なんて思いながら、あたしは教会を後にした。