山崎は楓を軽蔑するような眼で見ている。


「お前の経歴を探ろうとしても本名も、生まれ故郷も、親族も全くわからん。
まるで狸に騙されてる気分や。
お前の正体が掴めん。
一体お前は誰なんや?」




「ふふ…。誰………か…」


楓はゆっくり視線を山崎の方に向け、顔を見据える。



「誰なんやろなぁ」



この時の楓の表情を見た山崎はしばらく瞬きが出来なくなった。


――あまりに妖艶で鋭く、何かを奥深くに秘めているような眼をしていた。

その眼にはこの世のものを映してはいない。


山崎は本能的に彼女の中身に触れてはいけないと感じた。


「まぁ、どこの誰かわからんっちゅーことは、長州藩でもなければ反幕府思想の人間でもないってことや。
もう終いにしよう。うちは部屋に入るで」

楓は腰を上げ、一つ伸びをすると自室の障子を開け中に入っていった。



「……」


山崎は楓がいなくなった縁側に上がり、ただ静かに煌々と輝く月を見上げた。